(Source: love-to-love-you)
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(Source: hiboobs)
(via Silja Magg | Calikartel)
(Source: ileftmyheartintokyo)
tumblr developer’s meetup jp 2011(予告)
開催日時・場所: 2011/12/17(土) 秋葉原
※ 参加方法は11月中に別途アナウンスさせていただきます。
スピーカー(予定):
- Tumbletail, @cathandnya
- Taberareloo, @Constellation
- reblog bot developer, @gkojax
- tumblr gear / Tumblrowl, @honishi
- Tumblife, @mitukiii
- たんぶらうざ, @mofigan
- general session, @otsune
- Tumblr Mosaic Viewer, @proto_jp
- TumblrPort, @t_lav95
- general session, @yarumi aka yaruo
※ 現時点での予定です。都合によりキャンセルになる可能性があります。
連絡窓口・雑用:@honishi
(有志によるgdgdでユルいイベントです。ご了承ください・・)
画像オフってると、こーゆーの見逃すわ。
フィギュアスケート世界選手権。
本来は東京開催だったけれど、震災の影響で開催不能に。
そのため、1ヶ月遅れでロシアでの開催となった。
この世界選手権で、代替開催国となったロシアは、
わずか1ヶ月という準備期間にも関わらず、あらゆる面で日本に多大な配慮をしてくれている。
自国開催を楽しみにしていた日本国民がテレビで中継を楽しめるようにと、日本時間のゴールデンタイムに合わせて開会。
開会式では日本を、被災地を応援する演出。
そしてフィナーレでは、日本選手を中心に、日の丸を描いて各国の選手が輪になって、日本を励ますパフォーマンス。
選手たちも、随所に日本へのメッセージを伝えてくれた。
アモディオ選手は、減点対象となるボーカル入りの曲をあえて使用。
「これは日本の人たちへのささやかな歌のプレゼントだ」と。
たくさんの選手たちが、応援席の観客が、日本への応援をくれた。
エキシビションに祈りを込めた選手たちもいた。
そして、グランドフィナーレ。
ロシアのフィギュアスケート連盟から、日本への詩のメッセージが送られた。
全文をネットで見ることができる。
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『日本にささげる詩』
地球がいたみでうめき声を発した
自然の強さに全世界がショックをうけ
あらゆるものを水は深海に流した
しかし 何があっても太陽は東から昇る
地震と津波は光には勝てない
我々の神様が
地球の皆の命を保ってくれることを祈る
桜が咲く公園はたくさんあることを
白樺が咲く公園はたくさんあることを
鳥が春の歌を歌えることを
旗が勝利の祝いで挙げられることを祈る
子供たちが大人たちへと願う
友の皆さん 手をつないで
われわれがこの地球において
ひとつの家族になっていることを忘れないでほしい
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ところが。
ロシアからの、こんな温かなメッセージは、
しかしほとんどの日本国民には届いていない。
独占中継したフジテレビは、このメッセージを放送しなかった。
時間切れじゃない。
そもそも、ロシアがせっかくゴールデンタイムに合わせて開催してくれているのに。
フジテレビの放送は、19時から始まって、最初の1時間以上はひたすら前日の振り返りVTRとキムヨナの特集。
リアルタイムではなく遅らせて放送した上に、何故か演技順序を入れ換えて放送。
日本選手のエキシビションがようやく放送されたのは、TBSでJINが始まった頃。
さらに延長放送になったため、金メダルの安藤美姫選手の涙のレクイエムを録画できなかった人がたくさんいる。
そして、フィナーレでの各国選手からの応援も、ロシアからのメッセージも放送されなかった。
さらには、安藤美姫選手はロシア語でお礼を述べ、そのあと日本の現状を英語で伝えたそうですが…
当然そんなこともフジでは放送されませんでした。
これは時間切れなんかじゃない。
インタビューやCGや、ましてやスタジオの感想など放送する余裕があるのだから。
意図的に流さなかったとしか思えない。
今までなら、視聴者はなにも知らずに終わっただろう。
でも今、テレビは地上波だけじゃない。衛星放送、ネットもある。
完全生中継をした有料放送を見たたくさんの視聴者がTwitterにリアルタイムに情報を流した。
それを見比べると、フジテレビがどれだけ放送をカットし、どれだけの世界からの応援メッセージを伝えなかったかがよくわかる。
世界中の好意を踏みにじっておいて、自分たちの視聴率稼ぎのことしか頭にないとしたら、
公共の電波を預かるメディアとして最低だ。
博報堂の企業内大学 HAKUHODO UNIV.(通称:博報堂大学)次世代電動生活ラボと早稲田大学環境総合センター(理工学術院創造理工学部建築学科後藤春彦教授)…
このような「自作自演性」や「感傷」に対して「諧謔」というツールを持ち出したのが、はっぴいえんど(1970-73年 #10)のメンバーだった細野晴臣(1973年ソロ・デビュー #11)、大瀧詠一(1972年ソロ・デビュー #12)、ならびにその周辺のミュージシャンであった。「諧謔」とは即ち、「サブカルチャー自体をパロディの宛先にするという<自己適用>」を前提として「[ 意味 / 無意味 ]という対立を<非意味>という第三項によって無効化する試み」であったと宮台らは述べる。つまり「出来の良い自作自演」を実践した荒井由美の流行以降氾濫した、「自作自演である」ことのみを強調する「単なる自作自演」を実践する音楽に対する第三項を彼らは「諧謔の音楽」として示したのである。宮台らによればそれは「自作自演性」の「意味 / 無意味」という対立を無効化する一種の「梯子外し」として機能した。もっとも「諧謔の音楽」は「自作自演性」に対抗する意図は元々持たなかった。しかし、彼らの「諧謔の身振り」は、当時全盛だった「自作自演性」に対するパロディとして機能した。このとき、彼らが用いた手法の1つが、自作自演の方法に拘らない、豊富な音楽知識と卓越したテクニックを生かした様々な音楽に意匠を借りた<パクリ>であったのである。 (*58)
彼らの諧謔の身振りは、「自作自演」というコードが前提とする「オリジナリティ」という概念に対して特に痛烈な皮肉を与える。それは例えば「<自作>じゃなくても良い」(=個人の表出という作家性の否定)という何処か醒めた、時代に距離を置いた皮肉である。また数多くの洋楽からの<パクリ>を行い自ら演奏することにより、諧謔は同時に、当時根強く存在していた「欧米のロック=本物 / 日本のロック=劣位」という聴衆や作り手の意識 (*59) への皮肉にもなる。そこにある音楽は確かに欧米からの意匠によるものであるが、それを弾くのは日本人であり、そこで歌われる歌詞は日本語であること自体が当時「パロディ」となりえたのである。彼らは「豊富な音楽知識」という「圧倒的な過去の遺産」と折り合いをつける方法を「諧謔」というアイロニックな身振りによる「パロディ」に求めたのである。それは「感傷」や「共感」をコミュニケーションの軸としたニューミュージックに辟易した聴き手にとって全く新しい「価値転倒」だった。
またそれらの<パクリ>は引用元の存在を聴衆に知らしめることになった。ハッチオンは受け手が引用元のテクストに気付かないとき、パロディは機能しないと述べ、(*60) その場合の解決法を見出せずに論を終わらせているが、彼らは引用元、即ち「豊富な音楽知識」を積極的に明かすことでパロディの「二重テクスト性」を機能させた。彼らは引用元を「紹介」することで聴き手を積極的参加、「能動的参加」へと導き、このことが、「マニアックな<引用的探索>の楽しみ」を聴き手に与える結果になった(*61) 。また、そうすることで「諧謔」の担い手たちは、引用元を侵犯しながらも、そのオリジナルの存在を効果的に強化したのである。